医師臨床研修制度の見直しについて:

はじめに:
平成16年に開始された新臨床研修制度は、従来の医局による専門医育成に偏った慣習的研修プログラム、保障のない身分と処遇の反省に立ち、且つ、国民のニーズと意識の変化などに呼応し、全人的な医療を担う基本的な臨床能力の取得を目的として制定されたものです。また、研修体制の整備と研修医の待遇保障と共に指導医に対する手当の支給がされた画期的な改革でもあります。昨年末に、いわゆる臨床研修に関する厚生労働省令の見直し規定により、厚生労働省医道審議会医師分科会医師臨床研修部会から報告書が公表され、1年目の研修分野について一定期間基準を緩和する、大学病院の研修プログラムをモデル的に弾力化する、指導医講習会受講を指導医の要件とする、研修病院新規指定や募集定員増の原則停止するなどの省令・通知の改正が行われました。一方、公立病院の診療科縮小・閉鎖のマスコミ報道などを背景に、制度改定に向けて文部科学省と厚生労働省共同で「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」が、昨年9月に開催され回数を重ねています。これらの臨床研修制度見直しの動きに対し、私共の医師養成に関する考え方をまとめ、批判を仰ぐことにしました。

意見の概要:

  1. 新制度により研修の質は確実に向上しております。従って制度は維持されるべきです。
  2. 総合的医療を修得するために多数の診療科を研修すべきであり、2年の研修期間は必須です。
  3. 医師不足は医学部入学定員抑制の結果であり、大幅に増員すべきです。
  4. 医師の偏在を調整するシステムを作るべきです。
  5. 制度の改善に向けての課題

1.新制度により研修の質は確実に向上しております。従って制度は維持されるべきです。

医療機関の機能分化、地域連携、医療と福祉の連携が進められている中で、現行制度は国民のニーズに沿った、全人的な医療を担うプライマリーケアを実践するための基本的臨床能力を身に付ける目標に向けて、これ迄とは異なり明確な共通の研修目標を定め、基本原理をもとに標準化された教育指導法で研修が行われています。本制度により研修医のレベルが格段に向上し、ストレート研修の頃に比べて、幅広い知識・臨床能力を持った医師の養成につなげられています。救急外来や処置・実技的な教育機会も増やされており、一定の技術水準を持った上で専門に進むという流れが確立されました。生活が保障されて、指導医もなく十分なバックアップ体制もなく、危険も伴う処置や判断を要求されるような当直のアルバイトなどがなくなったことは、研修医にとっても医療を受ける国民にとってもメリットは大きく、高く評価されています。全国的に実施された研修医のアンケート回答でも、研修制度全般に対して不満足の回答比率は毎年減少しており、良好な評価が得られています。これらの内容から、この制度は基本的に維持されるべきものと言えます。

2.総合的医療を修得するために多数の診療科を研修すべきであり、2年の研修期間は必須です。

医療の専門分化の流れにまかせて医師の育成が行われていたために、卒後教育が臓器や疾病のみに偏向し、全人的な医療・総合的な医療が長い間見過ごされてきました。国民が必要としている医師像は、病める人を全人的に診ることができる医師であり、地域における医療の役割分担を認識し、その医療資源を有効に活用し、連携することによって治療を進め、病者を家庭に戻す役割を担える総合医(家庭医)です。そのような医師を育成するためには、多数の診療科をローテートし、数多くの疾病と共に種々の社会的な背景を持った症例を経験できる研修プログラムが必要であり、研修期間としては最低限2年間を必要とします。このような認識から、私共の会員病院の中には、3年間の独自カリキュラムで多くの研修医を集めて実績を上げている病院が複数存在します。新臨床研修制度の見直し論議の中において、将来専門とする診療科を研修期間に組み入れることや、研修期間を一年間に短縮するという提案は、医師不足に対する姑息的な対応策にのみ目が奪われたもので、新臨床研修制度の本来の目標をないがしろにする誤った方策と言わざるを得ません。

3.医師不足は医学部入学定員抑制施策の結果であり、大幅に増員すべきです。

まず、日本はOECD30カ国の比較で人口当たりの医師数では、26位と低位にあり、医師数の絶対的な不足が根本にあります。統計上医師数がここ数年微増していると表現されていますが、有効な労働人口としての把握がなされていない問題もあり実態と乖離しています。また、相対的には、医学の進歩に伴う診療の専門分化、臓器別細分化、濃厚化とともに、狭義の医療のみならず、介護分野、予防検診分野、産業医療、製薬食品分野等に従事する医師が増え、医師の事務作業の増大、女性医師の増加による就業期間の短縮など複数の要因があげられ、予測必要医師数の大幅な見直しが必要です。研修制度が始まってからの研修先は、従来の大学病院から臨床研修病院へ大きく変わり、平成20年度でも一般病院のほうが相変わらず人気が高い状況ですが、少し大学病院への回帰傾向もみられます。首都圏からの遠い北海道や東北の研修医数が減少しているわけではないにも拘らず、自治体立病院などの医師不足が顕著となった理由は、医局制度の不合理性や大学病院の研修プログラムと教育体制の魅力不足などと、大学病院を中心としたキャリアパス体制への不信が大学入局者の減少となって引き起こされたと言えます。研修医の大部分は、自らのキャリア形成のためにこの制度を真摯に受け止めており、新医師臨床研修制度が医師不足や偏在を起こしたという論は、若い医師層の考え方を認識せずに、単なる「同時性」のみを「因果関係」としており、大きな誤りであると考えます。少なくとも人口当たり医師数を現状の1.5倍を目指して、医学部入学定員を大幅に増員し、早急に是正計画を策定すべきです。同時に行うべきことは、欧米に比して著しく少ない大学教員の増員と処遇改善であります。学部教育スタッフの充実がなければ教育成果を維持することはできません。

4.医師の偏在を調整するシステムを作るべきです。

地域の偏在や診療科の偏在は研修制度開始以前、約20年以上前からの問題です。地域偏在に対応して入学生に僻地医療に従事する誓約をさせているのは自治医科大学のみですが、数年間の僻地赴任が必ずしも実施されておらず、全国の僻地をカバーするだけの必要数には程遠いのが実態です。都市部にある受験校入学のために幼少時より生活基盤が首都圏にある医師が多いことや、最新医療知識の取得などの機会に恵まれていることから医師が都市に集中します。これに対処するには、少なくとも、地方の大学における地域住民の入学志願者に対しての奨学金支給や学費低減などの措置を相当数拡大する必要があります。しかし、このような地域支援をうけた研修医であっても、初期研修期間中は僻地に強制配置をすべきでないことは、当初の目標に照らしても明らかです。大学医局制度が崩壊したことに対して、地域医療全体を考える役割を担う専従者を置いて有効な活動をしている都道府県はわずかですが、今後は、長期的な展望にたってそれぞれの地域にマッチした医療人の育成と地域医療を維持し質改善を図る組織の構築が必要と言えます。

これまでの日本では、医師の専門科・診療科の選択に関しての調整は一切行われてきませんでした。集中する診療科の傾向は社会的な評価や診療報酬などの変動に連れて変化してきています。訴訟が多い、長時間拘束される、夜勤が必要とされる、生死に係ることの多い診療科などが敬遠されています。診療科偏在の一端である産科や新生児科医師の不足が、産科救急や周産期医療の破綻を作り出して国民に死の負担を強いるまでになっている今この時に、卒後の選択診療科に人数の大枠を作り、臨床研修終了時までに決定させて、診療科選択の調整をする体制を直ちに整備すべきです。また、産科・小児科のみならず、がん化学療法、感染症、小児精神科などの専門医師が不足している分野も多々存在することから、国民の意見を踏まえた医療の将来像を基に、各学会専門医の必要数を定めて、次世代に指針を与え、一段と高い質の医療提供を志向することが必要です。

偏在の理由について議論するなかで医師のモラルを問題視する意見がありますが、現在の入学選抜大学選抜のあり方からどうしても知識偏重・テスト重視の形となって、一定の課題をすばやく多量に解ける学生が選ばれがちです。その一方で、大学も含めほとんどの学校教育の中で学生の自主性が尊重されており、以前に比べて学習態度は学生に任され、学習の成果が学生ごとに大きくばらついています。このことは、医師という職に限らず多くの職場・職種で確認されています。このような状況から、モラルについては社会意識の変化などとの関連で語られるべきであり、決して、臨床研修制度と結び付けられるものではありません。

5.制度の改善に向けての課題

医師育成の過程を見渡す時、学生ごとのばらつきに抗して、より一層の高いプロフッショナリズムを体得させるために、卒前教育と卒後教育の一貫性、継続性を保つ必要性はより大きくなっています。必修科目の短期間の地域医療は卒前に行いうること、精神科研修については入院で経験する必要はなく、むしろ外来での研修が望まれ、卒前に履修できるなど細部の変更は継続して検討してゆく必要がありますが、単なる卒後教育の前倒しによる卒前教育の圧縮は、医学教育の質の低下になり避けねばならないと考えます。市中病院が初期研修を担当し、大学病院が後期研修を担当するという役割分担がなされている地域も見られますが、医師不足が根底にある中で、これを全国に展開できる状況ではありません。忘れてはならないことは、市中病院側と大学病院側という対峙した立場の議論ではなく、実際に研修する医師の視点に立った制度の見直しをすべきです。

全国医学部長病院長会議が平成14年3月に提言した卒後臨床研修の制度設計の基本骨格に基づき各大学に卒後臨床研修センターと専従職が作られて、教育職の評価も徐々に高まり好ましい傾向にあると言えます。しかし、臨床研修病院は診療報酬上の加算項目となっていますが不十分で、多くの研修病院では独立した教育研修のための専従職を確保できておらず、課題を残しています。このような項目を含めて研修病院に対する質の評価を行い、一方の研修医に対しても、目標の到達度とあわせて質の評価を行い、研修終了時のレベルをより一層均質化する努力が必要です。

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